リアクション芸人
出川 哲朗(でがわ てつろう、1964年2月13日 - ) 出川 哲朗(でがわ てつろう、1964年2月13日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。神奈川県横浜市神奈川区出身。マセキ芸能社所属。血液型B型。身長155cm。愛称「てっちゃん」、「パイナップル博士」。劇団SHA.LA.LA.座長(リーダー)。妻は元レースクイーンの阿部瑠理子。 いわゆる「リアクション芸人」の代表格。お笑いコンビのウッチャンナンチャン、俳優の入江雅人とは専門学校時代の同級生。なお、自他共に「お笑い芸人」や「リアクション芸人」と称しているが、本来の肩書きは「喜劇俳優」である。 その声を聴いただけで本人と判る、舞台仕込みの大きなダミ声が特徴的。「ヤバいよヤバいよ」などの口癖は多くの共演者達にものまねされている。また公表の身長は160cmだが、実際は共演の多いナインティナインの岡村隆史より若干低い。 更にテレビやラジオでは演出として出川は岡村を「岡村隆史」とフルネームで呼び、岡村は後輩芸人であるにも関わらず「出川哲朗」と呼ぶ場合がある。プライベートや演出がないときは岡村は「出川さん」と呼んでいる。 女性ファッション誌読者が選ぶ「嫌いな男No.1」など、世間的にはいわゆる「嫌われキャラ」で通っているが、実際には芸人仲間やアーティストなど、多くの芸能人から尊敬されている。しかし、当人は「自分は嫌われてナンボのタレントだから、良い話をされるのは営業妨害だ」と言って、余り表立って褒めないように言っている。これは『さまぁ-ずの逆にアレだろ!?』(TBSラジオ)の「関東お笑い祭」の回などで語られている。 芸風に関しては「リアクションしか出来ない」と思われがちであるが、トーク番組において盛り上がっている状況では自分から出ていくことはせず、場の空気が沈みかけているところで自ら笑いを取る、という立派な雛壇芸人であり、ビートたけし、島田紳助、明石家さんまや松本人志などの大物芸人からも高い評価を得ている。 夢は「単独司会のレギュラー番組を持つこと」と語るが、周囲から求められているものと異なるため、実現の可能性は低い。尚、2009年現在、準レギュラーの番組はいくつかあるものの、レギュラー番組は8年間1本もない。全くオファーが無かったわけではないが、海外・爆破ロケなど、長期収録企画に気軽に出演出来なくなってしまうため、長所がスポイルされると危惧しているようである。 長年の無理が祟ってか、2006年頃から椎間板ヘルニアや坐骨神経痛などを患った。2007年頃には歩行時には杖を使わなければならないほど悪化した。本人はテレビ収録が始まりカメラに映ると痛さを忘れてしまうと語る。その後、過酷なロケや罰ゲームなどが行なえないほど悪化したため(ゴチで共演している岡村から「普段杖ついてるような人とケンカできないです。」とダメだしをくらうほど)、2008年3月末に緊急入院し腰の手術を受け、10日程で退院・仕事復帰した。退院後、初仕事は2008年4月17日放送回「雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!」の収録であった。 手の小指の第一関節・第二関節だけを同時に90°曲げられ、『アメトーーク!』で出演者に驚かれた。 意外と知られていないが、嫌煙家である。酒は飲まないものの打ち上げに参加する事は好き。その場では好物のコーラを飲んでいる。 略歴 横浜市立栗田谷中学校、私立武相高等学校を経て、1985年に横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)を卒業。 1987年2月、専門学校時代の同級生だった内村光良・南原清隆・入江雅人らと劇団SHA.LA.LA.(当初は「Project team SHA.LA.LA.」)を旗揚げし、公演を開始する( - 1998年8月)。この頃『男はつらいよ』第37作『幸福の青い鳥』と第39作『寅次郎物語』に端役で出演している。 1990年4月からは日本テレビ系列のバラエティー番組『ウッチャンナンチャン with SHA.LA.LA』に出演し、この頃からテレビタレントとして本格的に活動を始める。その後、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)などにおける立ち振る舞いやドッキリ企画等の際のリアクションの面白さが徐々にお茶の間に浸透し、お笑い芸人としての地位を確立していった。 また、これとほぼ同時期にウッチャンナンチャンがパーソナリティを務めるラジオ番組『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、1989年4月 - 1995年4月)に出演し、「男・出川哲朗!」のコーナーでフィーチャーされるなど人気を博した。 その後はテレビ番組において欠かせない「汚れ役」の第一人者として数々の番組に出演。一方、有名税から色恋沙汰をはじめとしたプライベートな時間も犠牲にされ、多くの写真週刊誌・ゴシップ紙の恰好のターゲットとなった(もっとも本人はそのことすらネタにしてしまっている)。またこの「汚れ」キャラクターが世の中に浸透していくにつれ、女性視聴者層から敬遠される傾向が出始め、女性ファッション誌「an・an」が毎年行なっている読者アンケート「嫌いな男ランキング」では毎年上位にランクインするようになった(その後2001年 - 2005年度に5年連続1位を達成し、「殿堂入り」扱いとしてアンケートから除外対象となった)。 2004年4月5日、元モデル・レースクイーンの阿部瑠理子と結婚し、嫌われキャラとのギャップで世間を騒がせた。プロポーズの際には、テレビ朝日系列のバラエティ番組『ロンドンハーツ』が全面バックアップ。推定5,000万円の制作費を費やしてイタリア・ローマ市内でロケーションが行なわれ、一連の模様が全国ネットで放送された。 何者かに偽のブログを作成されていたタレントの出川哲朗(45)が誕生日の13日、 公式ブログ「俺(おれ)の女の口説き方」を始めた。 「はじまり」とのタイトルで、「今日から俺の言葉を残していきたいと思う」とキザな言葉でスタート。 ロケで南米のボリビアにいると明かし「こんな所で女の子と2人きりなら必ず落ちるだろう。ただ覚えておいて欲しい。 女性を口説くとき場所やシュツエーションなんか関係ない。 自分が抱きしめたいと思ったとき、口説けばいい。俺は、そうしてきた」(原文のまま)とつづっている。 特徴・持ちネタ 大事な所で言葉をかんだり、唐突に手や足を滑らせたり身体をぶつけたりする(本人がネタとして故意に行っているのかたまたまそういった事態になっているのかは定かではない) リアクションの際にたまに赤ちゃん言葉になる。 演技は下手ではないのだが、上記2つの事項と内村光良をして「哲ちゃんは何を演じても出川哲朗になる」(彼だけではなく他の人間からも同様の趣旨の発言がある)為か、俳優としての活躍はあまり無い。専門学校時代は「俺は三国連太郎になる」と宣言していたという。
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